発信者情報開示請求の成功率はどれくらい?流れや成功の要件も分かりやすく解説
2024年05月7日
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この記事を書いた人
- 大学を卒業後、地方新聞社で経済、行政記者として活動する。法律分野については、通信制大学での勉強のほか、フリーランスとして弁護士事務所の案件をこなす中で目覚める。
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インターネットで誹謗中傷を受けた方の多くが真っ先に検討するのが、発信者情報開示請求です。
インターネット上の誹謗中傷を契機とする訴訟がメディアに取り上げられたことで、発信者情報開示請求の認知度は近年、急速に高まりました。一方で、煩雑な裁判手続という性質から、「請求の成功率は低いのではないか」という印象を抱く方も多いのではないでしょうか。
そこで本記事では、発信者情報開示請求の定義と流れについて説明した後、多くの方が知りたい開示請求の成功率について解説します。開示請求が成功するための要件や、開示請求が失敗するケースについても解説しますので、ぜひ参考にしてください。
記事の要約
- 発信者情報開示請求とは、被害者がプロバイダに対し、発信者の氏名や住所などの開示を求める手続き。
- 発信者情報開示請求では、2段階の裁判手続がある。
- 発信者情報開示請求を成功させるためには、6つの要件をすべて満たさなければならない。
- 発信者情報開示請求で失敗するのは権利侵害や同定可能性が認められないといったケースが多い。
発信者情報開示請求とは何か?
発信者情報開示請求とは、SNSや電子掲示板での誹謗中傷によって自己の権利が侵害された場合に、プロバイダに対し、発信者の氏名や住所などの開示を求める手続きです。プロバイダ責任制限法5条(発信者情報の開示請求)に規定されています。
電子掲示板やSNSなどのインターネット上の投稿は匿名で行われるケースが大半です。そのため、発信者の特定が難しいことから、発信者情報開示請求という手段が法定化されました。
ただし、同法では、発信者情報の開示に際して権利侵害の明白性と、開示を必要とする正当な理由という2つの厳格な要件が求められています。要件が厳格なのは、発信者のプライバシーに関する情報が含まれているためです。こうした関係で、審判の結果として発信者情報開示請求が棄却されるケースもあります。
発信者情報開示請求の流れ
発信者情報開示請求では、下記の図の通り、2回にわたって開示請求をするのが一般的です。
参照:プロバイダ責任制限法発信者情報開示関係ガイドライン別冊|プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会
1回目の開示請求は、裁判所を通じてSNSや電子掲示板といったインターネット上のコンテンツを提供するコンテンツプロバイダに対して行います。この開示請求によって、請求者はIPアドレスやタイムスタンプなどの発信者の通信記録を取得可能です。
2回目の開示請求は、通信記録をもとにインターネット接続サービスを提供するアクセスプロバイダに対して行います。請求者はこの開示請求で発信者の氏名や住所などの発信者情報を取得した後、発信者に対する損害賠償請求や刑事告訴を検討していきます。
ここからは、2段階の裁判手続が発生する前提を踏まえ、発信者情報開示請求の流れについて解説します。
証拠を保管する
まずは、SNSや電子掲示板など、インターネット上に投稿された誹謗中傷の内容・画像、URLなどを保管します。
保管の際のポイントは、次の2点です。
- 問題のサイトのURLが明確にわかる
- 問題の書き込みがきちんと確認できる
上記のポイントを押さえながら、後で証拠として提示できるよう、次のような内容をスクリーンショット撮影や紙での印刷などで保管しておくとよいでしょう。
● 誹謗中傷の口コミや画像、動画
● 誹謗中傷が確認されたスレッドの名称・URL
● レスの番号
● レスの投稿日時
サイト管理者に投稿の削除を求める
証拠を保管した後は、いきなり裁判手続に入るのではなく、サイト管理者に対して誹謗中傷の内容が記載された投稿の削除を求めます。
削除依頼は、サイト内のオンラインフォームやメールフォームから可能です。氏名や連絡先のほか、削除したい対象やなぜ削除したいかの説明を記載し、丁寧に依頼しましょう。
削除依頼は、「送信防止措置依頼書」を送付する形で依頼することも可能です。サイト管理者はこの書類を受け取ると、書き込みをした発信者に対して、その書き込みの可否を尋ねる照会をします。照会期間は多くの場合、7日間とされ、7日以内に発信者から反論がなければ、削除されるという流れが一般的です。
削除依頼と並行して、発信者情報開示請求書をサイト管理者に送付し、IPアドレスの開示を求めるとよいでしょう。なお、送信防止措置依頼書と発信者情報開示請求書はいずれも、プロバイダ責任制限法の関連情報サイトから入手可能です。
参照:侵害情報の通知書兼送信防止措置依頼書|プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会
参照:発信者情報開示請求書|プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会
サイト管理者に対する仮処分の手続きを進める
削除依頼やIPアドレスの開示に応じてくれない場合は、1回目の開示請求にあたる、仮処分という裁判手続をサイト管理者に対して進めていきます。
仮処分は、アクセスプロバイダを相手方にした発信者情報開示請求訴訟を提起する前に証拠の保全を図る民事保全処分の一種です。ここでいう証拠の保全とは、サイト管理者に対してIPアドレスの開示を求める手続きなどを指します。
仮処分が認められるためには、次の2点が認められなければなりません。
②早急に決定が出ないと回復できないような損害が生じる恐れがあること
①については、サイト管理者が保有する特定電気通信設備(ウェブサーバなど)を侵害通信に用いられたことや、自身の権利が侵害されたことなどの説明で証明します。
②については、保全の必要性(民事保全法23条1項)と呼ばれる具体的な必要性です。発信者情報開示請求では、早期にアクセスプロバイダに対して開示請求しなければ、アクセスプロバイダが保有する通信記録がなくなる可能性があります。通信記録の消失により開示請求ができなくなるリスクが、保全の必要性に当たります。
これらの仮処分の要件をもとに裁判所が請求者の申し立てに一応の理由があると判断した場合、おおむね10万円の担保金を条件に仮処分の決定を出してくれます。
発信者情報開示請求を提起する
サイト管理者からIPアドレスを入手し、IPアドレスでアクセスプロバイダが判明した後は、通常の裁判(本案訴訟)による開示請求を当該プロバイダに対して行います。
裁判の管轄は、原則としてアクセスプロバイダの所在地を管轄する地方裁判所のみです。
地方裁判所での訴訟を経て勝訴判決が出れば、アクセスプロバイダは判決に基づいて発信者に関する情報開示を行います。
なお、アクセスプロバイダに対する発信者情報開示で仮処分を用いることはできません。これは、アクセスプロバイダが保有する契約者の氏名や住所などの情報は時間の経過によって消失する危険性が低く、保全の必要性に欠けているためです。
発信者情報開示命令という手段もある
2022年10月には改正プロバイダ責任制限法の施行により、従来の発信者情報開示請求の訴訟手続に加え、発信者情報開示命令という新たな非訟手続が創設されました。
発信者情報開示命令では、コンテンツプロバイダとアクセスプロバイダの双方に対する請求について、1回の裁判手続で審理してもらえます。そのため、請求者は、2段階の裁判手続を経る必要がありません。
参照:プロバイダ責任制限法発信者情報開示関係ガイドライン別冊|プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会
この点、発信者情報開示命令は、アクセスプロバイダが保有する通信記録の消失といったリスクを抑えながら、迅速な発信者情報開示を促すものとして期待されています。
発信者情報開示請求の成功率とは
発信者情報開示請求の成功率については、公表されている統計がありません。
そのため、公式の統計に基づく開示請求の明確な成功率はわからないというのが答えです。しかし、裁判所がホームページ上で公開している発信者情報開示請求事件では、請求者の訴えを棄却する判決はほとんど見当たりません。
近年はインターネット上の誹謗中傷の社会問題化によって発信者情報開示請求事件の判例が積み重ねられています。そうした背景もあり、裁判所が発信者情報開示請求に対して棄却判決を出す可能性は高いと考えられます。
発信者情報開示請求が成功するための6つの要件
発信者情報開示請求が成功するための要件は次の6つです。
- 投稿による権利侵害が明らかであること
- 開示請求に正当な理由があること
- 開示を求める内容が発信者情報に該当すること
- 開示請求の相手が「開示関係役務提供者」に該当していること
- 権利を侵害された本人であること
- 特定電気通信による情報の流通であること
請求に成功し、発信者情報の開示を受けるためにはいずれの要件を全て満たすことが必要です。ぜひ参考にしてください。
投稿による権利侵害が明らかであること
発信者情報開示請求を行うためには、投稿による権利侵害が明らかでなくてはなりません。
ここでいう権利侵害とは、プロバイダ責任制限法で独自に定義されるものではなく、個人法益の侵害としての権利侵害に該当するものです。侵害がされる「権利」については、著作権や名誉感情などがあり、違法性阻却事由と照らし合わせて違法性の有無、すなわち「権利侵害の明白性」が判断されます。
開示請求に正当な理由があること
発信者情報開示請求を行うためには、開示請求に正当な理由が必要です。
開示請求での正当な理由とは、開示請求者が発信者情報を入手するうえでの合理的な必要性を意味します。この必要性の判断には、開示請求によって失われる発信者の利益(プライバシーなど)を考慮した「相当性」の判断も含まれます。
例えば、請求者が不当な自力救済を目的として発信者情報開示請求権を濫用する場合は、発信者情報を入手する相当性や合理的な必要性に欠け、開示請求権を行使できません。
また、投稿内容が誹謗中傷に当たらず、請求者が恣意的な理由で開示請求を求める場合も、相当性や合理的な必要性に欠け、開示請求が棄却される可能性が高くなります。
開示を求める内容が発信者情報に該当すること
発信者情報開示請求を行うためには、開示を求める内容が発信者情報に該当しなければなりません。
発信者情報とは、氏名や住所など、ある情報の発信者の特定に資する情報です。開示対象となる発信者情報は総務省令で限定列挙されており、次のような情報が該当します。
● 氏名または名称
● 住所
● 電話番号
● メールアドレス
● IPアドレスおよびポート番号
● インターネット接続サービス利用者識別符号
参照:特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律ー解説ー|総務省
開示請求の相手が「開示関係役務提供者」に該当していること
発信者情報開示請求を行うためには、開示請求の相手方が「開示関係役務提供者」に該当する必要があります。
開示関係役務提供者は、次の者を指します。
②当該特定電気通信に係る侵害関連通信の用に供される電気通信設備を用いて電気通信役務を提供した者
簡潔に言うと、①はコンテンツプロバイダ、②はアクセスプロバイダを意味します。
参照:プロバイダ責任制限法逐条解説|総務省総合通信基盤局消費者行政第二課
権利を侵害された本人であること
発信者情報開示請求を行えるのは権利を侵害された本人だけです。権利侵害をされたのが友人や知人などの第三者である場合は、開示請求できません。
ただし、任意代理人である弁護士や家庭裁判所に選任された法定代理人は本人に代わって手続きを進めることができます。
特定電気通信による情報の流通であること
発信者情報開示請求を行うには、権利侵害を引き起こしたのが「特定電気通信」による情報の流通でなければなりません。
特定電気通信とは、インターネットでのウェブページやSNSなどの不特定の者により受信されることを目的とした電気通信の送信です。つまり、この要件では、誹謗中傷に該当する情報を特定電気通信により不特定の者が閲覧・保存できる状態にした時に、権利侵害が発生したとみなすといえます。
発信者情報開示請求が失敗するケース
発信者情報開示請求が失敗するケースは次の3つに集約されます。
- 同定可能性が認められない
- 権利侵害が認められない
- ログが削除されている
いずれも請求内容を明確にしたり、早期に請求したりすることで対応可能です。ぜひご参考ください。
同定可能性が認められない
投稿内容の権利侵害が明白だったとしても、同定可能性が認められない場合は、開示請求が認められません。
同定可能性とは、問題とされる表現に記載されている人と、現実に存在している人とが同じ人だと認識できるかという問題です。権利侵害の明白性や、開示を必要とする正当な理由と並んで、重要な要件に位置付けられています。
同定可能性の判断基準は、対象とされる人物の周囲の人にとって、投稿された内容がその人物についてのものであると認識できるか否かです。この判断基準に基づくと、インターネット上の投稿では、住所や仮名などから一般の閲覧者にとって誰を指しているか認識できるのであれば、同定可能性があると判断されるといえるでしょう。
権利侵害が認められない
投稿内容に「権利侵害の明白性」が認められない場合は、発信者情報開示請求に失敗する確率が高まります。例えば、意見・論評型の投稿、公共性を伴っており公益目的で行われた投稿などは、権利侵害の明白性が認められません。
上述の通り、権利侵害の明白性の認定要件は、権利の内容によって異なります。例えば、名誉毀損について権利侵害の明白性が認められるためには、被害者の社会的評価が低下した権利侵害の客観的事実に加え、以下の要件を満たすことが必要です。
- 公共の利害に関する事実にかかること
- 目的がもっぱら公益を図ることにあること
- 事実を摘示した名誉毀損では、摘示された事実の重要な部分について真実であること、または真実であると信じたことについて相当な理由が在すること
- 意見または論評の表明による名誉毀損では、意見または論評の基礎となった事実の重要な部分について真実であること、または真実であると信じたことについて相当な理由があることの各事由の存在をうかがわせるような事情が存在しないこと
このように権利侵害の明白性の認定要件は非常に専門的です。そのため、投稿内容に関する権利侵害の有無を判断するうえでは、インターネットトラブルを専門とする弁護士に相談するとよいでしょう。
参照:ネット上の権利侵害行為の明白性とプロバイダの責任について|高田寛
ログが削除されている
アクセスプロバイダに保存されるログ(通信記録)が消えてしまっている場合は、投稿した人物が特定できないため、開示請求が認められません。
ログの保存期間はアクセスプロバイダにもよりますが、3カ月程度です。この期間はアクセスプロバイダのサーバに接続された時から起算されるもので、コンテンツプロバイダから情報が開示された時点から起算されるわけではありません。
また、ログの保存期間は1カ月以内程度まで短くなる場合があります。したがって、仮処分を含む発信者情報開示請求は、誹謗中傷の投稿に気が付いたら早急に申し立てる必要があるといえるでしょう。
ただし、仮処分から、アクセスプロバイダに対して開示請求する通常の裁判までの間でもログが消えてしまうリスクがあります。そのため、コンテンツプロバイダへの仮処分決定が出た後、アクセスプロバイダに対してログの保存を要求する「発信者情報消去禁止仮処分」を申し立てるのが一般的です。
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